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山行報告


よみもの


読み物・エッセー : クライミング日記その5(独り言)
投稿者: admin 投稿日時: 2007-2-7 21:03:44 (1064 ヒット)


クライミングを通じて自分の弱さ(精神面)や弱点(肉体面、技術面)を思い知らされることは
ままあるが、最近とみに思うのは精神面でのコントロールの重要さだ。
上手い、強い人たちは一体どういうコントロールをしているのか知りたい。

一面では強気に絶対登ってやる、という強い意志が必要なように思えるがあまりにそれが強いと
動きがぎこちなくなり、クライミングはうまくいかない(実施済み)。
しかし、ある程度の(やや強めの)意志もないとクライミングはできない(これも実施済み)。
この辺のコントロールが非常に難しい(私には)。
最近、思うのは「無心、無欲」が一番いいのでは、という結論に達しつつあるが言葉でこういって
も実際そういった精神状態に持ち込むのはそう簡単ではない。
素人はどうしてもその時々で邪心、邪念が入ってしまう。

「あのムーブ苦手なんだよなあ」「核心うまく抜けられるかなあ」「けっこうたいへんそうだなあ」
「温泉入って早くビールが飲みたいようー」(これは冗談です)等々。

うまくいった場合、後で改めて考えてみると、たいていの場合、登る前無心、無欲だったような
気がしませんか?まあ、人間、クライミングだけでなく、無欲って大事だと思いますけど。

しかし、クライミングはそれだけではダメである。
そのルートに見合ったそれなりの力、つまり、そのルートに必要な技術、体力がある程度備わって
いてさらにそれを十分に発揮できる状況があって初めてうまくいくのである。
何分の一かの確率で奇跡的にうまくいく場合もあるだろう。
しかし、ほとんどの場合、それは偶然ではなくその人にそのルートを登る力がその時点で
備わっていた結果であることが多い。

それに何も考えずただ無心に、といってもクライミングにはそのルートが困難になればなるほど
「戦略、戦術」というものが大きく成否を左右する。したがって、事前の準備なしに成功はたぶんありえない。
さらに、何も考えずただ無心に、というのは取り付く寸前であって、その前の心身の準備は
不可欠である。

ルートを読み、ムーブを探りそれが当初考えていたものと違った場合も想定し、さらに
どこでレストするか、クリップはどこでどういう体勢でやるか等々あらゆることを想定しなけれ
ばならない。しかし、悲しいかな私たちは(私は)限界グレードになると三手くらいで頭の中が
あっという間に真っ白になってしまう。まあ、要は技術と力が備わってそれを十分に生かしきる
ために精神面が必要、ということですけどね。

さて、現実の話として、私たちのレベルでも「登る力があるのに或いはありそうなのに登れない」って
ケースわりと多いと思いませんか?

それはたぶん精神面のコントロールが足りないというかできてないからではないでしょうか?

「パフォーマンスロッククライミング」という本にもこの辺の記述があって結構ページが割かれている。
概要を見ると、クライミングには「中程度の覚醒水準」がよい、とある。
しかし、なんとなくこれもわかったようでわからない。ようは興奮しすぎず、かといって冷静すぎず
といったところであると思うのだが、素人はそうはいってもなあーーー。
登る前の邪念の払拭、登ってる最中のランナウトの恐怖、襲ってくるパンプ等々に耐えつつ
の中程度の覚醒水準の維持。うーん、こりゃ大変だあ。

精神を「中程度の覚醒水準」にしてくれるなんかいいおまじない、或いは登る前の儀式、
または「中程度の覚醒水準」維持器?のようなものを誰か作ってくれないものだろうか?
(そんなのないって!!)

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