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山行報告


よみもの


05月 : 北方稜線・気ままに一人旅
投稿者: admin 投稿日時: 2008-6-4 13:43:34 (1741 ヒット)

2008年5月3〜7日(土〜水)

北ア 北方稜線・気ままに一人旅

N島S子

最近、雪山に対する情熱が薄れていくのを感じていた。そんな中、3月に不帰1峰尾根に登った時、まだ微かに
私の中に熱いものが流れている気がした。震える心で真剣に山と対峙している感覚をまだ私は忘れたくないのか
もしれない。それとも忘れてしまうことが怖いのかもしれない。そんな自分の体力、気力を確かめようと思って
北方稜線へ行くことにした。

■5月3日:晴れ
宇奈月温泉7:05−僧ヶ岳13:45〜14:15−駒ケ岳16:30ー1860m付近BP16:45
 
降り立った宇奈月温泉駅に当てにしていたタクシーはなく、溜息まじりに車道をとぼとぼ歩き出して15分、「乗
せて行ってあげようか」親切な方が声をかけてくれた。この方は僧ヶ岳登山口近くの平和の像にある小屋の管理
をされている広長敏昭さん。本職は他にお持ちだが小屋の管理とか登山口まで続く車道の整備を任されている地
元の方だった。除雪されているからと平和の像の更に先まで送っていただき、「気をつけてね」と温かい言葉と共
に温かい気持ちも頂き幸先のよいスタート。お陰でこれからの長丁場を前に、何だか頑張れそうな気がしてきた。

トロッコ列車の汽笛を聞きながら、時折吹く風に心地よさを感じ、それでも大汗は止まることなく、ひたすら登
る。雪が出てきたら前日のものか、うっすらと踏み跡がたまにある。
天場予定の僧ヶ岳に着いたのは13時過ぎ。まだ早いのでもう少し進むことにする。駒ケ岳手前の1914mピーク
にテント1張りがあり、薮山愛好家という単独男性がいた。ここまでうっすら付いていたトレースはこの人のも
のだった。今朝の5時に登山口を出て、明日はサンナビキ山のピストンで往路下山とのこと。私は駒ケ岳を越え
薮に突入する手前で本日の行動を終了。ここまで来られたのも広長さんが送ってくれたお陰です。

■5月4日;晴れ 
BP5:00−サンナビキ山9:20−ウドの頭手前のコル12:00〜12:15ー平杭乗越13:20〜13:40−
毛勝山南峰17:20−2385m付近BP17:30

朝3時起床。ラジオ深夜便だったと思うが「昭和の歌謡特集」をやっていて、八代亜紀の舟唄が流れていた。普
段は気にも留めない演歌だけど、いい歌かもと思った。

お酒はぬるめの 燗がいい
肴はあぶった イカでいい
女は無口な ひとがいい
灯りはぼんやり 灯りゃいい
しみじみ飲めば しみじみと
想い出だけが 行き過ぎる
涙がポロリと こぼれたら
歌い出すのさ 舟唄を
沖の鴎に 深酒させてヨ
いとしあの娘とヨ
朝寝する ダンチョネ

今日は何処まで進めるだろうか。サンナビキ山までは所々夏道が出ていたり、薮がうるさいところは西面の雪を
繋いだりして進み、滝倉山から先は雪庇の間にシュルンドが開いている所が多かったので西面の歩き易そうな所
を行く。さらに薮が鬱陶しくなり、ウドの頭手前のコルに行くまでにサングラスを落としてしまった。きっと薮
に引っ掛かったのだろう。まだ2日目だというのに…。ウドの頭手前のコルへは草付をクライムダウンで降り立
った。コルから急登でリッジに上がり、ウドの頭は西面を巻いて平杭乗越へ。

さて、どうしよう。目前の毛勝山の急登を見て、本日予定だったウドの頭手前のコルは越えているわけだし、こ
こで泊まってしまおうか、と思うのだが、明日の朝一でこの「天国の坂道」と呼ばれている標高差500mの登り
は気が滅入る。今日は最後の力を振り絞って、もうちょっと頑張ろうかな。

が…しかし、登っても、登っても山頂に着かない。いつになったら辿り着くの?もしかして悪い夢でも見ている
のではないか?そんな気さえしてくる。そして頭の中では今朝聞いた舟唄がくり返し流れ、ダンチョネって何な
んだ?何なんだ〜。と、こんな時はこういうくだらない事しか浮かんでこない。

毛勝山南峰に着いたのは17時をとうに回っていた。平杭乗越から3時間40分の登りだった。本当に疲れました。
毛勝山南峰には大明神尾根からのトレースがいくつも付いていて、きっとこれは猫又山まで続いているだろう。
ここまで一山越えた感じはするけれど、それでも剱岳まで気絶しそうなくらい遠いと思った。この日南峰を越え
た直ぐの小コルに泊まる。

夜、富山湾の夜景が美しい。頭の中にまた舟唄が聞こえてきた…。

■5月5日;くもり昼から雨、のち雪
BP4:05−猫又山5:50−ブナクラ乗越7:20−赤谷山9:45〜10:25−赤ハゲ11:25−赤ハゲと白ハゲの間で
BP12:00
 
今日は昼くらいから天候が崩れるとの予報なので早めの出発。歩き出して直ぐガスに覆われたがトレースに助け
られながら進む。釜谷山を過ぎた頃より視界も良くなり、猫又山に6時前に到着。山頂にはテント撤収している
パーティーがいて、声を掛けられた。元トマの会員だった高田氏でした。この奇遇にお互いびっくり。彼らは東
芦見尾根から下山するとのことだった。

毛勝三山を登る人は多いけれど、山頂からブナクラ乗越へ続くトレースはない。猫又山の下降は視界がないと大
変難しいが、幸い見晴らしも良く助かった。ブナクラ乗越が間近になってくると岩峰の西側からブッシュを拾い
ながら下降し、最後は雪が消え草付になっている浅いルンゼを下降気味に横切りコルへと降り立つ。そこには昨
日ブナクラ谷から赤谷山をピストンして来たという単独の男性がいた。

赤谷山の登りも長く苦しい。山頂に着いた頃より風が吹き始めそろそろ天候が崩れる気配が漂ってきた。山頂よ
り少し下がったところに良い場所があり泊まろうか悩む。うだうだ長居していたが重い腰を上げ歩き出す。赤ハ
ゲを過ぎ次に出てくる岩峰をブッシュ頼りのクライムダウン。稜上に戻った頃本降りになってきた。幸い風も避
けられそうだったので整地して今日はここまでとする。休養日になって丁度良いかも。

■5月6日;快晴
BP5:55−白ハゲ6:30−大窓7:00〜7:15−池平山10:15〜10:30−小窓12:25〜12:40−小窓尾根合流地点 
14:15〜14:35−小窓王南壁基部15:35〜15:45−三ノ窓BP16:20
 
今日の天気は快晴とのこと。昨日の雨のあとの寒冷前線の通過でテントがバリバリに凍って撤収作業に時間が掛
かった。降雪はたいしたことないのだが、カリカリに凍った上に新雪が乗っかり、あまりいい状態ではなかった。
特に下降では細心の注意を払いながら進む。やたらとのどが渇いた。

白ハゲから大窓への下降は白萩川側の浅いルンゼを下降する。大窓は小黒部谷側に雪庇が発達していた。ここか
ら池平山までがまた長い。途中のローソク岩は小黒部谷側から巻くが、この頃には気温も上がりシュルンドが開
いていて、かろうじて繋がっている雪が緩んでいて通過に緊張する。そして山頂かと思ったピークの先が池平山
だとわかってがっくし。山頂直下のルンゼもコンディションが良くなかった。やっとこ池平山に着き今度は小窓
への下り。行けるところまでクライムダウンで進み、30mの懸垂で小窓に辿り着く。

対岸から見ると小窓尾根までがまた何て急傾斜。見ているだけで疲れがどっと押し寄せる。陽射しは容赦なく照
り付け、自分に「がんばれ〜!」と言いながら登って行く。しかしこんな時でもまた舟唄が…。

小窓王南壁基部から40mの懸垂。あと基部をトラバースしてようやく三ノ窓へ。今日が世間的にはゴールデンウ
ィークの最終日なので、当然誰もいない。天場跡だけがたくさんある。その中の一つを使わせていただくことに
して本日の行動は終了。三ノ窓から眺める夕陽がきれい。振り返れば後立山の峰々。贅沢な気分。

■5月7日;快晴
BP6:00−池ノ谷乗越6:50〜7:00−剱岳8:35〜9:05−早月小屋10:55−馬場島14:15

ここまで来れば剱岳までもう一息。氷化した池ノ谷ガリーを登り池ノ谷乗越へ。八つ峰を左に見ながら長次郎の
コル、そして急雪壁を登り緩やかになった稜上を行く。やっと辿り着いた剱岳山頂。見渡す限り誰もいない。祠
は雪の下で、剱岳と書かれた板だけが出ていた。それを両手で掴み、やっと、来た、そう思った瞬間、私の頬に
涙が流れていた。何で?自分でもその理由が分からなかった。長かったから?一人だったから?うれしいから?
でも、そのどれも当てはまらないような気がした。一言で言い表せない感情が込み上げていたようで、今でもそ
のときの気持ちを表す言葉を私は見付けられずにいる。

しばらくの間山頂から周りを眺め、そして早月尾根を下降した。馬場島の登山指導センターは鍵がかかって誰も
いなかった。その下で地べたに座ってタクシーを待っていたら一台の車がやって来て、男の人が指導センターに
鍵を持って入っていった。私服だったのですぐにはわからなかったが警察の人だった。下山したことを伝えると
「この計画書覚えています。印象に残っていましたから、山はどうでしたか?またこちらに遊びに来てください
ね」

見ず知らずの私をこうして気にかけて下さることに感謝した。こちらは一方的に登らせてもらっているわけだけ
ど、嫌な顔しないで見届けている人がいて…。登山口まで送ってくださった広長さんだってそうだ。小屋や林道
の整備をしてくれている。しかも突然現れた私に親切にしてくれた。自分だけの力で登っているわけではなくて、
こうして周りの人に支えられたうえで成り立っていることなのだ。山岳会の皆に対しても同じだ。快く送り出し
てくれているのだから。登らせてもらっている、そのことを強く感じた。だから帰ったら広長さんに手紙を書こ
うと思っていた。

帰宅後翌日の夜、電話が鳴った。広長さんからだった。地元新聞に女性の遭難記事が載っていたので心配しての
ことだった。わたしは下山後直ぐに連絡しなかったことを後悔し、そして、ほんとに申し訳ないと思うと同時に
有難いと思った。山に登り続けるなら、私はこの気持ちを忘れてはならない。

北方稜線は天候に恵まれたお陰で無事に剱岳まで行くことができました。感想は、とにかく長かった、この一言
に尽きます。もし、天候に恵まれていなかったら、さっさとエスケープルートから下山していたことでしょう。 
体力、気力を確かめに行ってきて、それでどうだったのかというと正直なところ、まだまだだなと思った。でも、
雪山に対する想いはまだ少しはあるような気がした。もう少し頑張ってみようかな。

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