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山行報告


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読み物・エッセー : 峰の原をめぐる断想
投稿者: admin 投稿日時: 2007-4-10 19:12:45 (1008 ヒット)

峰の原をめぐる断想

K岡

■街でこどもを運ぶ
世田谷に暮らすようになって五年が経つ。この地に来てから「18時15分」という時間にビクビクし続けて
きた。それは、わが子たちが通う(通った)保育園の「お迎えの時間」である。延長もスポットもない、ま
ったなしの保育終了時刻に合わせて、生活が回ってきた。

何が何でも仕事を終わらせるための、毎日のあわただしさ、割り切り、あきらめ。時に会議後にダッシュで
駅まで走って、人にぶつかりそうになりつつ電車に飛び乗った時のばつの悪さ。頭痛がひどく少し休んでい
る内に、気が付けば迎え時間に間に合わなくなっていた時の青ざめた気分。こまごまとしたアクシデントは、
繰り返しフラッシュバックする。

改札口を出て、駅前駐輪場に向かう。時に、シルバー人材のおじさんたちから声を掛けられる。「お疲れさま」
「もう足は良いの?」「寒いと痛まないかい」(よく知られているのだ。いつもありがとう。)
駐輪場は、キャリアー付自転車を色々と優遇してくれる。ホッとできる場所の一つだ。そして自転車を目一
杯こぎ出す。坂を上ると、冬の天気の良い日なら夕暮れの逆光の中に富士山が見える。下りて右折、狭い緑
道を通り、保育園到着。保育士さんたちとひとしきり話をする。同年代か年上の保育士さんとの話が、より
はずむ(合わせてくれるのだ)。自転車の前後にこどもを乗せ降園。ペダルを漕ぐのが年々つらくなるのは、
子どもが大きくなり、親は年をとるからだ。真っ暗な自宅へ到着、以下は省略。

世の働くお母さんにとっては日常茶飯事のことであろうが、同じ立場の男性はマイノリティーかと想像する。
マイノリティーの悪いところのひとつは、愚痴をこぼす相手がいないことだ。
保育園の送りは妻、迎えは私が行くことが多い。父母とこども二人の核家族があって、父と母が働くことを
選択し、父母の現在の就労形態をすりあわせた結果、こうなった。つまり、父母が「ともに」働くためには、
まずこどもを運ばなければならない。

■山でこどもを運ぶ
家族で山へ行くようになっても、こどもを運ぶ、という事態は同じであった。ただ、山では自転車ではなく、
背負ったりだっこしたりになる。親が受ける肉体的負荷は大きいが、かわりに気持ちは少し楽だ。

子連れではじめてスキーをしようと日光・光徳に行ったのは、上が三歳、下が一歳の時だった。上の子は時
におもちゃのスキーで歩いたが、だいたいはドイターのベビーキャリアーに乗せて背負った。さらに下の子
をおんぶヒモで前に抱え、父親(私)はアルペンスキーを履いてクロカンコースを歩いた。まるでチンドン
ヤである。
山に行けない(行かない)山女の妻に対するわずかながらの罪滅ぼしの気持ちもあった。妻はクロカンで一
人歩いた。いくらかは気晴らしになっただろう(と信じたい)。こどもたちと一緒に見た光徳のミズナラやカ
ラマツの林は、美しかった。

■こども、自ら(少し)歩く
山がらみの家族旅行や、近場のハイキングを重ね、こどもらも徐々に自分で歩くようになった。
我が家では、なんとなく冬はクロカンをしようということになった。妻が好きだったせいもある。
上の子が四歳の時は、光徳でクロカン板をレンタルした。娘が坂を転ばずに滑り降りた時は、涙が出た。自
分の親バカぶりがおかしかった。でもあの涙には色々な気持ちが詰まっていた気がする。今となっては正確
に思い出せないのだが、とにかく強い自己肯定感があった。

一昨年、上の子が五歳になった時にカルフのクロカン板を買ってやった。嬉しかった。それが自分自身の翼
に見えた。
昨年は、下の子が払い下げを受け、上の子が道具を再度新調した。家族で新雪をラッセルして歩いた赤城山
の森と雪原の湖もまた忘れられない。それでもまだ、私はアルペンの山板でバタバタ歩いていた。疲れてこ
ども(特に下の根性無し息子)が歩かなくなることはしばしばだったし、おんぶした時にヒールフリーの道
具では自信がなかった。

■こどもと一緒に歩く
しかし、ついに今年(2007年)、自分のクロカン(うろこ付のテレ板+革靴)を買った。デビューは年始の
峰の原。自分の道具で楽しげに雪原を動き回るこどもたち、そして併走する妻と私。この峰の原・根子岳の
麓のこともまた、小さいが一つのメルクマール、一里塚として、忘れることはないだろう。

我が家の二台の自転車は、ともに子供用荷台付だ。さらに妻の身の丈に合わせてあるので、足がつかえる。
夫婦でどちらでも使えるための措置だ。この自転車に慣れて数年、久しぶりに身の丈に合った自転車に乗っ
た時に驚いた。ああ、自転車ってこんなに早く楽に走れたんだ。フィールドに見合った道具で、動けること
の幸せ。親になる前は、思いもつかなかった。自分の体は自分のもので、自分で自由に使えるものと思って
いた。

育児が終わったら、親の介護が待っているかも知れない。その後は、こどもに連れられて歩いたり、こども
に運ばれたりする日が来るだろう。でもその前に、こどもらと妻と一緒に、山を自由に駆け巡れる日が、も
しも来たら、とても嬉しい。

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