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読み物・エッセー : 秋山郷からの手紙 〜一通目〜
投稿者: admin 投稿日時: 2007-3-30 20:38:37 (1268 ヒット)

秋山郷からの手紙 〜一通目〜


皆さんこんにちは。ご無沙汰しております。おかわりないでしょうか。今年もよろしくお願いします。

今日はふわふわと白い妖精のような雪が舞い降りています。昨冬の家雪とはうって変わり、今年は
例年になく雪が少なく、村の人達もちょっと手持ち無沙汰で拍子抜けしています。3人寄ると「去
年の今頃は豪気な雪でなーこっけに積もって、ほってもほっても間にあわなくてな、おらほんとに
困ったっけなー」という話になります。

今日は私が暮らしている秋山郷についてお話しますね。
秋山郷は越後秋山郷と信州秋山郷に分かれています。信州秋山郷は人口130人くらいで栄村に属し、
村全体では2600人くらいの人口です。
栄村は近隣の市町村と合併せず「小さくともひとり一人が輝き自立した村づくり」を目指し頑張っ
ている千曲川沿いから志賀方面にある山あいの小さな村です。交通の便が悪く、豪雪地帯のため下
の町とは隔絶され、今の国道405号が整備されるまでは高校受験でもスキーで山越えして行き、下
で一泊して上がってくるものの汗をかき風邪をひいて卒業式までは学校に行けなかったなど大変な
苦労があったようです。

昨夏、越後湯沢のバスロータリーで時間待ちをしている時、80歳くらいのおじいさんが「どこに行
くんだい?」と聞くので「津南です」と答えると「そうかい、津南の奥に秋山郷というおとぎの国
があるんだよ」と言っておりました。私は「そこに帰んですよ」と言えなかったのですが、今でも
都会から見るとそんな雰囲気があるのかもしれません。

国道に道幅が狭く、時に車の転落があります。以前越後交通の親分である田中角栄さんが秋山郷に
視察の来た時に「こんなところをおらの会社の大事な社員にバスを運転させることはできない。道
はすぐによくするから安心しなさい」と言っていたそうですが、その一年後くらいに他界してしま
い結局はあまり変わらなかったようです。逆にこの地理的状況だからこそ秋山郷のよさが残ってい
る、との見方もあります。

春の時、ババと「ぜんまい」を揉んで乾燥させていると「おーい、さとの所に嫁さんがきたんだっ
てな、おら見に来たよ、どれどれ」といって田植えの最中になんと田んぼから上がってきて初顔合
わせという村の人もおり、「まあなんてのん気な村なんだ」とびっくりしました。

ある夕方5時頃「うどの煮たのがあるのでおいで」といわれたので隣のうちにいきました。まだ全
然明るい時間帯です。そしたら夫婦二人でさしつされつつ夕食前に一杯飲んでおりました。その光
景はなんとも優雅でのんびりしており心がぽーとあったかくなるような雰囲気で時間の流れがとま
ったような感じでした。今まで、あくせく時間におわれ、曜日もわからないような生活をしてきた
私には驚きでした。

また今日も遊びに行ったら、ジジとババが猫つぐらを作っていました。ジジはわらじをすり、その
前で小犬がジジの邪魔をしながらじゃれつき、ババが猫つぐらを編み、薪ストーブのまわりでは2
匹の猫がうたたね。外は真っ白な雪がふわふわ降りていき、今年つくったばかりのお酒をいただき、
熊とりの話を聞いたりしながら時間がゆったりと流れ、なんだか「日本昔ばなし」の世界のようで
した。(猫つぐらは猫が寒くないようにわらで編んだ猫の家です。冬仕事につくり、1ヶ8千~1万
円くらいで、作るのに4~5ヶ月かかり芸術品なみの素敵なものです)

鈴木牧之さんが「秋山の人は身なりこそみすぼらしいが、それを気にする様子もなく、のんびりと
おっとりしており里の人とつきあうでもなく、人生のんびり楽しくすごそうとする心はうらやまし
いかぎり、とても里の我々にはまねできません」「できるものなら、この私も一度はこの秋山の猿飛
橋の絶景に庵をつくり、中津川の清流で命の洗濯をしたいものだと思うようになった次第である」
と秋山紀行に書いてありますが、今も178年前の生活と通づるものがあるような気がしました。

それではまた次回の時に続きをお話しますね。



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