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山行報告


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海外登山の記録 : ヨセミテ国立公園 家族ハイク&キャンプ
投稿者: admin 投稿日時: 2007-3-20 11:57:21 (6092 ヒット)

2006年6/19〜27
ヨセミテ国立公園 家族ハイク&キャンプ
O田


6月19日
成田発、サンフランシスコ午前11時着。レンタカーにトヨタのワンボックスカー(Siennaという
日本では販売されていないタイプ)を借りて市内のホリデーイン泊、ヨセミテに移動は翌日に。
数年前のアラスカで時差ぼけ、居眠り運転でバスと正面衝突しそうになった教訓から海外旅行初日
の移動は慎むことにしたため、ホテルチェックイン後市内のゴールデンゲートパークで子供を遊ば
せながら昼食。その後ゴールデンゲートブリッジを観光。夜はチャイナタウンで夕食。ケーブルカ
ーで出かけようと思ったが往復料金20ドルとあまりに高額なことに驚いた。10数年前は2ドルと
か3ドルだったように思うが、ホテルにしても古ぼけた部屋で200ドルもするし、最近のアメリカ
のインフレぶりには不快な思いがする。

6月20日
サンフランシスコで食料、クーラーボックスの買出しをしてから580号線、120号線経由でヨセミ
テ渓谷入りする。前回使った140号線は大規模な土砂崩れのため当面通行止め。8年振りに訪れた
ヨセミテ渓谷は一見何の変化も無いが、この季節に訪れるのは初めてで、ヨセミテビレッジのビジ
ターセンター手前で一望出来るヨセミテ滝は水量が多くて迫力がある。

この夜はキャンプ場の事前予約が出来ていなく、当日キャンセル待ちを期待していたが期待に反し
て空きは無く、しかたなく国立公園の外に戻ってキャンプをするがこの場所も満杯で諦めてキャン
プ場の駐車場に車停めて車の中でごろ寝、夜中に暑さで汗びっしょりになる。

6月21日
朝一でヨセミテ渓谷に移動し、キャンプ4の順番待ちをする。何とか今夜と明日の夜のキャンプ地
は確保出来た。その後予定していた最初のハイクのグレーシャーポイントに登る。標高1200mの渓
谷底から登山道を1000m登った絶壁の上の見晴台がグレーシャーポイントで、正面にハーフドーム
が迫り、渓谷中屈指の景観。渓谷正面のヨセミテ滝は残雪が豊富なため水量が多くて見ごたえがあ
る。


グレイシャーポイントからハーフドームを望む

6月22日
季節外れの猛暑のため予定していたインスピレーションポイントをやめ、ミラーレイクまでのショ
ートハイクにする。ミラーレイクの浅瀬では子供たちが水浴びに夢中になっていて、うちの娘も膝
まで浸からせる。水は冷たいが(15度ぐらいか?)慣れれば気持ちの良い冷たさでつい長居をして
しまう。
この日の最高気温38度で日本より暑いが湿気が殆ど無いのでそれ程苦にはならない。しかし、朝の
気温も18度くらいとあまり下がらないのでテントの中が暑くて寝づらい。この季節にヨセミテ渓谷
を訪れるのは初めてだが、資料には6月の平均最低気温8度、最高気温28度とあるので丁度10度ずつ
高い事になり、想定外の高温だ。

キャンプ場を日本から予約していたアッパーパインキャン場に移動。
隣のサイトに30代後半ぐらいのアメリカ人夫婦がキャンプしていて、丁度うちの娘(理沙)と同じ
年齢の男の子がいた。その夫婦のお父さんがうちの子供を見かけて声を掛けてくれ、早速理沙が
遊びに出かけて行った。まだ2才半なので言葉が通じなくてもぜんぜんお構い無しだ。
理沙は向こうのお母さんと子供(Ryanという名前)のオモチャでしっかり遊んで満足して帰ってきた。

6月23日
二番目の目標をアッパーヨセミテ滝にし、娘を背に標高差800mの滝の落ち口の高台まで上がる。
今日も暑い。中間地点でアッパーヨセミテ滝(落差400m)の流芯近くを通り滝からの涼風が心地
よい。滝の落ち口周辺は平坦な一枚岩になっていて、理沙がリスを夢中になって追い掛けまわす間、
アッパーヨセミテ滝落ち口まで一人ずつ交代で下りてみる。

落ち口まで100m程の道は滝の側壁に手すりをつけただけの簡易的なもので足下は500m近く垂直に
切れ落ち、セルフビレーが欲しくなるぶっそうな場所でとても子供を背負って行けるような所で
はない。帰りの下り道は暑さとつるつるに磨かれた石段に乗ったパウダー状の土のせいで足元が
滑り、油断しているとすぐに転びそうになり、このせいでかなりバテてしまった。

6月24日
キャンプ場を再度キャンプ4に移動。
キャンプ4は駐車場がサイト毎に決まっていないので駐車をする度に空き場所取り待ちをする必要
があり、車を使う人には不便なキャンプ場だ。
が、ここは伝統的にヨセミテに来るクライマーがねぐらにする場所で、他のクライマーと交流する
には良い場所だ。
この日は午後からはマリポサグローブにセコイアの大木を見に行き、観光日。

6月25日
この旅行のハイライトのハーフドームに登る。
トレイルヘッドに車を置き、朝7時にMist Trail歩き始め、2時間半でリトルヨセミテバレーに
至る。途中バーナル滝の通過では滝のしぶきで親子三人ともずぶぬれになり、ひどく寒い思いをした。
ことしは雪解け水がまだ収まっておらず、特に滝の水量が多いようで目測毎秒50m3ぐらいの奔流が
激しく落下しており、滝から吹きつける強風とその風に乗った夕立のような水しぶきで、登山道の
通過ははまさに台風の中を歩いているようで、妻と二人で「ここはMist Trailではなく、Storm 
Trailだ」と話合う。

リトルヨセミテバレーから稜線まではひたすら森の中を登るが暑さと乾燥した空気ですぐにぬれた
衣服も乾き、今度は暑くてつらい。途中前を歩いていたアメリカ人の若いカップルが騒いでいるの
で何かと思ったら「Rattle Snake!」=ガラガラ蛇がいるとのこと。このときは我々には見えかっ
たがこの直後に再度ガラガラ蛇出没で今度はちゃんと見れた。でも小さな蛇ですぐに隠れてしまい
あまり迫力がなく、ガラガラもしていなかった。見た目は小ぶりのマムシといったところか。

稜線に出たところが森林限界で、地形もハーフドーム独特の一枚岩になり、谷川岳のテールリッジ
のような丸いスラブ斜面を200m程登って最後のワイヤー梯子のある登り手前のコルに出る。頂上ま
では100m強。このワイヤー梯子対策として子供の背負子に補助のウエストベルトを付け、さらに子
供にチェストハーネスをさせてディジーで固定して登り始めた。  
だが三分の一ぐらい登った所でワイヤー梯子の踏み板が抜けている所があり、その抜けた箇所では
手はワイヤーを掴んでいるとは言え、足は50度くらいのスラブをフリクションで登ることになる。

スラブは磨かれた岩で、磨り減ったジョギングシューズではフリクションが効かず、かと言って掴
んでいるワイヤーも油が利いていて滑る。結構緊張して間隔が6〜7m空いている次の踏み板まで登
るが、次も、その次も踏み板が抜けていて不安になり立ち止まってしまった。

もし下りで足を滑らせた場合ワイヤーを持っている手も滑ってしまうであろうことは容易に想像で
きた。そうなった場合、当然数百メートル下まで一直線に落下する。足を滑らせなければ大丈夫か
も知れないが、最近クライミングもやっていない弱った握力だけでこの長いワイヤー梯子を降りる
自信が無くなるにつけこれ以上登り続ける意味が薄れてきて、下を登っている由紀子に下りる旨を
告げてワイヤー梯子の基部まで降りる。

結果として、ワイヤーハシゴの半分ぐらいまでで敗退。ハイキングで敗退も何も無いかも知れない
が、長さ120mのワイヤー梯子を少し舐め過ぎていたようだ。このスラブはワイヤー梯子が無ければ
間違いなく5.10後半のクライミングになる。安全を確保する手段が無い中で、子供を背負って登る
のはあまりにも危険が大き過ぎ、せめてアプローチシューズ等のフリクションが効く靴を持参すべ
きだったと少し後悔した。コルまで降りたあと、子供を置いて我々が交代で登ることも考えたが折
り悪く雷鳴がとどろき始め、下山をする以外の選択肢は残されていなかった。





キャンプ4に帰ったあと、夕食で日本から来た札幌中央労山の鳴海君と白石君の若者2人と会い色々
話を聞いたらエルキャピタンのサラテルートを登って下りて来たところだった。詳しく聞くと二人
ともビッグウオールだけで無く、フリーも、アイスクライミングも、ミックスクライミングを交え
たアルパインルートも同時に精力的に登りこんでおり、伊藤・中川ペアに続く有望な後輩が北海道
に育っていることに頼もしく感じられた。

6月26日
ヨセミテ最終日。
朝食のあとでキャンプ4にある有名ルートMidnight Lighting前で理沙を写真に収める。
テントを撤収してヨセミテビレッジに行きお土産を買って、ヨセミテ渓谷を後にする。

宿泊はサンフランシスコ市内のホテルで夕食は再度チャイナタウン。
松井秀樹も来たという海鮮が美味しいというレストランに入ろうとするがクレジットカードが
使えないと言われ、現金100ドル程度しか持たない我々はしかたなく別の店に入った。
カード大国のアメリカでカードが使えないのは腑に落ちないが現金しか通用しない場所もまだ在る
事も頭の隅においておかなけれなならない。

それにしてもサンフランシスコに入ると気温が15度位しかなく、暑かったヨセミテとの落差に
身震いする。

6月27日
朝一番に起きてフィッシャーマンズワーフに出かけて食事。あまりに早すぎてまだ殆ど店が開いて
いなかったのでマクドナルドで食事。フィッシャーマンズワーフは前回(1989年)大きく様変わり
していて、新しいピアーが出来て近代的な店も並んでいる。
残念ながら今回は海鮮料理を楽しむことは出来なかったがまた次回に期待してサンフランシスコを
あとにした。

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