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山行報告


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読み物・エッセー : ペルーのおはなし その1
投稿者: admin 投稿日時: 2007-3-6 20:56:49 (963 ヒット)

その1 日本人 山小屋を造る

ペルーに毎年行っているから、山の報告は書いているつもりだけど、その「報告」には書か
ないことも多い。思いつくままに、それらのことがらをシリーズにします。
今回は「その1」。

この夏に行って驚いたことの一つは、ワラスHuarazの近くに山小屋を建てた日本人に会った
ことだ。ワラスというのは、ペルーアンデスでの登山基地の町で、ペルーに行ってアンデスに
登ろうとする人は必ずこの町を訪ねる。

私は近い将来この町に住み着こうと考えている。それは、定年後の話で、2007年かその
翌年かの計画である。同じことを考えるやつがいるのだ。
彼(Mさん)は私とさほど歳は違わない。何年かペルーに商社員として派遣された経験があ
り、何度かアンデスの山に登ったことがある。登るときは同じガイドを雇っていた。
そのガイドの男が、土地を提供するから小屋を建てないかと持ちかけてきた。そこで2万ドル
近くを用意して小屋を造った、というものだ。

私は高度順化を兼ねてその小屋を訪ねることにした。(会報408 10月号p5参照)ワラスの町が
3000mだから、日本から長い時間をかけてそこにはいると、2,3日はおとなしくしていない
と初期の高度順化に失敗することになる。小屋を建てた場所はPitecという、Churup5500mの
登山口の3800mの手前で、3700mにあった。

Pitecというのはワラスの町からタクシーで1時間で、小さな屋台のような売店が一つあるだ
けの場所だ。Churupは4500mにきれいな湖があるのでハイカーが多いし、初めの高度順化のコ
ースとしてちょうどよい。山に登るならダブルアックスの厳しいルートになる。クライマーな
ら湖よりももっと上の方にキャンプするから、やはりピテックで泊まるという必要がない。

彼の小屋の少し手前に、ドイツ人(という噂の)欧人が小屋を開いていた。こちらは、前年
から工事をしていたから知っていた。大きな石造りの母屋はまだ工事中だったが、宿泊用らし
い小屋はほぼ完成して客も入っていた。母屋は立派な作りで、建物自体に風格があり、泊まっ
てみたいと思わせる力がある。道路からよく見えるから目を引く。

Mさんの小屋は、道路からはよく見えない。位置としてもよくないみたいだ。建物も石造り
の小さなバンガローが4棟で、正直のところ余り建物自体の美しさを感じさせない。実際のと
ころ「客が来ない」と言っていた。だろうな、と思う。「山小屋の主人みたいな、そんな気分を
味わいたかった」とも言っていた。

趣味でやるにしても、採算を度外視することはできない。大もうけするつもりはないにして
も、まるっきり赤字続きではやれないだろう。やるからには少しはもうけを出して、人にまっ
とうな給料も払えないと、そもそも楽しめない。

ペルーでは基本的には山小屋を許可していない。小屋がないのだ。小屋がなければテントを
担いでいくしかない。自力で担ぐかポーターを雇うことになる。ネパールのように営業する小
屋がたくさんあれば、客は多くなるだろう。現在営業している3つの小屋は、いずれもイタリ
ア人の神父様が教会の財源を確保するために賄賂をつかって許可をもらったと言ううわさだ。
ピスコPiscoとイシンカIshincaにある2つはいつも満員のようだ。

小屋として成功するには、賄賂をつかって特別の許可をもらうか、法律を改めてくれるのを
待つか、どちらかしかないみたいだ。「おまえは金を持っているだろう。賄賂を使え。」と勧め
てくれた親切な人もいた。

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